これは一一如是の物語 — 東洋の器物に心を動かされた一人が、その静かな力を伝えようと決めた物語。

私は十年以上コードを書いてきました。初期のウェブサイトからモバイルアプリ、バックエンドアーキテクチャ、データシステムまで、コードは私のキャリアのほぼ全てを占めていました。論理が明確で、入力が即座に出力になる確実さが好きでした。デジタルの世界では、すべてが制御可能 — ロジックに穴がなければ、プログラムは期待通りに動く。その確実さが私を安心させ、すべてを理性と効率で測るようになっていきました。
ある日、骨董市で老山白檀の数珠を手に取り、指先で木目を撫でた瞬間、心が静かになりました。それは美しいコードを書いた後の充足感とは違う — 征服感ではなく、何かに受け止められた感覚。言葉のいらない深い安らぎでした。その瞬間、自分の人生に何かが欠けていることに気づきました。効率でも、達成でもない。器物に、時間に、沈黙に触れられる感覚でした。
その日から、伝統的な器物に注目し始めました。海外で数珠やお守り、茶道、香道に惹かれる人が多いことに気づきました。しかし、彼らが手に入れられるのは量産品か、東洋文化を表面的に取り入れた西洋ブランドばかりでした。Tシャツに蓮の花を印刷して「禅」と呼ぶようなものです。文化を本当に理解し、現代的な美意識を持つ架け橋がありませんでした。東洋と西洋の間に立ち、両方の言葉を理解する人はいませんでした — 言葉だけでなく、美の言葉、心の言葉を。
だから自分でその橋を架けることにしました。一人、一台のパソコン、一つの書斎 — それが一一如是の始まりでした。投資家のプレッシャーも、マーケティングのKPIもありません。ただ私一人が、静かに信じることをやっているだけ。商品選びからデザイン、コピー、カスタマーサービスまで、すべて自分の手で。疲れることもあります。でも、お客様から「あなたの器物のおかげで忙しい日常に安らぎを見つけた」と言われるたびに、すべてが報われる気がします。
ブランド名は『金剛経』に由来します。「如是我聞」 — 仏陀が法を説く前の言葉で、「このように私は聞いた」という意味です。「一一」は万物、一つ一つの存在を表します。「一一如是」は「一つ一つのものが、あるがままに」という意味。これはブランドの姿勢 — すべての器物が持つ本来の美を尊重すること — でもあり、生き方の哲学 — 自分を、世界を、あるがままに受け入れること — でもあります。もう一つの意味は「一切の聖賢は皆無為法をもって差別あり」に由来します — 不同的な道を通って、同じ目的地に着く。誰もが自分の方法で心の平穏にたどり着いているのです。
Stillness
喧騒の中で、内なる静けさを守る。すべての器物は、自分自身への入り口。
Vision
焦らず、遠くを見つめる。私たちが作るのは流行りものではなく、一生を共にする品。
Legacy
古代の知恵を新しい姿で現代生活に。伝統は博物館ではなく、今を生きる力。
「師匠でも商人でもない。ただ、これらの器物に心を動かされた一人として、この静かな力を伝えたい。」