一人の普通の人。心の中に静かな片隅があって。そこで心を動かされたものを、あなたに届けたくてこの空間を作りました。

私は普通の人です。仕事をして、帰ってきて、焦ることもあるし、迷うこともあります。でも一つ習慣があります——お寺に行って座ること。お願いをするためじゃない。ただそこにいるだけ。風鈴の音を聞き、檀香を嗅ぎ、仏像を見つめていると、心が静かになる。周りの人の多くは理解していません——若いのにお寺に何しに行くの?と。うまく言えません。でもその感覚は本物だと分かっています。
ある時、手首に一つの数珠が増えました。特別に買ったものではなく、ご縁でいただいたもの。後で気づきました——会議で焦っているとき、夜眠れないとき、行列でイライラしているとき、無意識にその数珠に手が伸びて、心が少しずつ静かになっていく。何かの不思議な力じゃない。ただの心の慰め——何かが手にあると分かっているだけで、少し落ち着く。
あることに気づきました。周りで「仏なんて信じない」と言っている友人たちに、お守りを渡すと、みんな受け取ったのです。誰も断らなかった。信じていなくても、祝福されたいと思っている。それで思いました——世界中の人はみんなそうかもしれない。何かの宗教や哲学を理解する必要はないけれど、心の中では何かに慰められたいと願っている。
一人、一台のパソコン、静かに始めました。ビジネスプランもない、投資家もいない。ただ心を動かされたもの——数珠、お守り、お茶、お香——を素朴で美しい方法で、もっと多くの人に届けたいだけ。焦って売るのではなく、まずは発信し、まずは友達になる。本当に良い器物に出会ったら、それから共有する。
「如是」の二文字は仏経に由来します。「如是我聞」——このように私は聞いた。そして「一一」は一つひとつ。「一一如是」——一つひとつのものが、あるがままに。もう一つの意味はもっと簡単——誰もが私である。あなたが焦っていることは、私も焦っている。あなたが求めていることは、私も求めている。だから仰ぎ見る必要も、見下す必要もない。ただ対等に座って、お茶を飲めばいい。
Simplicity
多くはいらない。足りていればいい。簡素は貧しさじゃなく、選択。
Quietness
音がないことじゃない。心の中に風が届かない場所があること。
As It Is
すべてのものが、あるがままに。すべての人が、あるがままに。
「仏を信じなくても、お守りは欲しい。人は生まれながらに祝福されたいのだから。」