禅の話

寒山が拾得に問う:忍び譲り、引いた先にある安らぎ

寒山が拾得に尋ねた:世の中に我を謗り欺き辱める者あり、いかに対処すべきか。拾得は答えた:忍び、譲り、任せ、避け、耐え、敬し、理せず。千年の時を超えた対話が、今も静かな安らぎを運んでくる。

一一如是
··12分
#寒山#拾得##忍耐#放下#天台山
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寒山が拾得に問う:忍び譲り、引いた先にある安らぎ

今朝、古い本をパラパラとめくっていて、ある対話を見つけた。何度も読み返した。読むたびに、少し違って感じる。

寒山と拾得の対話だ。

寒山が拾得に尋ねた。「世の中に人あり、我を謗り、欺き、辱め、笑い、軽んじ、贱しめ、憎み、騙す。いかに対処すべきか」

拾得は答えた。「ただ忍び、譲り、任せ、避け、耐え、敬し、理(ことわり)せず。数年待って、彼を見よ」

それだけ。たった数行のこと。

初めてこれを読んだのは、二十歳そこそこだった。この答えは胸がすくと思った——「数年待って彼を見よ」、つまり相手はいずれ報いを受けるという意味だろう? 高等な呪い言葉みたいで、妙に痛快だった。

それから何年か経ってまた読んでみて、違うことに気づいた。拾得は誰も呪ってなどいない。忍べ、譲れ、任せろ、避けろ、耐えろ、敬え——どれも相手のことを言っているのではなく、自分自身のことを言っているのだ。

考えてみてほしい。本当に忍び、譲り、任せ、避け、耐え、敬うことができるなら、その人の心にはどれほどの空間があるのだろう。その空間は我慢してこしらえたものではない。本当に気にならないからこそ生まれるものだ。


寒山と拾得は、唐代の天台山にいた二人の僧だ。

僧といっても、どちらかというと二人の風変わりな隠者だった。寒山は天台山の寒岩という場所に住んでいたから寒山と呼ばれた。拾得は捨て子で、天台山国清寺の豊干禅師に拾われて育った。だから拾得——「拾われた」という意味だ。

古い記録によれば、二人とも蓬髪で垢じみた衣服をまとい、山の中で笑ったり怒ったり、まるで狂人のような風貌だった。国清寺の僧たちは彼らを好ましく思わなかった。寺の恥になると考えたのだ。しかし寒山も拾得も、そんなことは意に介さなかった。互いに詩を贈り合い、時には山の頂で大声で叫び、時には台所で働き、残飯を竹筒に詰めて寒山のもとへ届けた。

寒山の詩は三百首余り残っている。読んでみると不思議な詩ばかりだ。口語のような言葉、仏の道理、ぼやき、孤独、そして時折、パッと光るような一句がある。日暮れ前に雲の切れ間から一筋の光が差すように。

「吾が心は秋月のごとし、碧潭清らかにして皎潔。物として比すべきなし、我にいかでか説かしめん」

この詩を書いたとき、寒山は本当に自分の心が秋の月のように澄んでいると思ったのだろうか。それとも、ただの普通の人間で、たまに訪れる澄明な瞬間を、消えないうちに急いで書き留めたのだろうか。


「忍べ、譲れ、任せろ、避けろ、耐えろ、敬え、理するな」——七つの動作、七つの方向、でもすべて同じことを言っている。下がる、ということ。

「引く」という字は面白い。私たちは子どもの頃から、前へ進め、戦え、証明しろと教えられてきた。罵られたら言い返せ。不当な扱いを受けたら弁解しろ。見下されたら実力で黙らせろ。社会が最初に教えるレッスンは、負けるな、ということだ。

でも拾得の答えはすべて「引く」ことだ。忍ぶは引く、譲るは引く、避けるも引く、耐えるも引く。「敬え」でさえ引く——お前が私を辱めるのに、私は怒るどころか恭しく接する。すべての本能に逆行している。

試したことがある。

大げさな話ではない。日常のささやかなこと——ネットで不快なコメントを見るとか、同僚の無神経な言葉に傷つくとか。本能は説明し、言い返し、自分が正しいことを証明したがる。でも何度か、ぐっと堪えたことがある。何も言わなかった。

堪えたあと、不思議なことが起きた。その出来事はすぐに過ぎ去った。何も残らなかった。それとは逆に、言い返してしまった時は、その出来事が何日も脳裏で繰り返し再生される。考えるほど腹が立ち、腹が立つほど「あの時もっと上手く言えばよかった」と悔やむ。

拾得はきっとこれを最初から知っていたのだ。下がるのは怖いからではない。前に出る代償を知っているからだ——外の代償ではない、心の代償を。


「数年待って、彼を見よ」。以前はこれは脅しだと思っていた。今では、ただの事実だと思っている。

相手が報いを受けるという意味ではない。時間はすべてを変えるという意味だ。あなたを罵った人は、数年後にはもうその人ではないかもしれない。あなたも、あの頃のあなたではない。当時の怒りは薄れ、当時の無念は散り、天崩れ地裂みたいに思えたことも、振り返れば塵の一粒にすぎない。

寒山は天台山に長く住んだ。誰かに謗われたり、欺かれたり、辱められたりしたことがあるかどうか、私は知らない。たぶんあったのだろう。蓬髪でぼろ布をまとった狂僧が、あの時代、軽蔑されるのは当たり前だった。しかし、彼が残した詩は、時として信じられないほど静かだ。

「杳杳たる寒山の道、落落たる冷澗のほとり。啾啾として常に鳥あり、寂寂として更に人なし」

更に人なし。この五文字には奇妙な安らぎがある。誰も来ないから寂しいのではない。来ても来なくても、静かなのだ。

この安らぎこそが、拾得の七つの「引く」の行き着く先なのだろう。引いた先に空っぽがあるのではない。静けさがある。


手元に数珠がある。無意識に指で弄ぶことがある。お経を唱えているわけではない。ただ指が何かをしたがるのだ。弄んでいるうちに、脳裏にいろんな場面が浮かぶ——昔誰かと喧嘩したこと、誤解されたあの時、言えなかった言葉。

すると、あの七つの言葉が自然と湧いてくる。忍べ、譲れ、任せろ、避けろ、耐えろ、敬え、理するな。

意識的に呼び出しているわけではない。体の条件反射みたいに。

実を言うと、この言葉について、まだ迷うことがたくさんある。たとえば、身近な人が本当に傷つけられている場合は? それでも「忍び譲れ」なのか。本当に不当な扱いを受けた時は? それでも「理するな」なのか。

答えは持っていない。

でも、寒山も拾得も、万能の公式を出すつもりはなかったのだと思う。彼らはただ言っているのだ。外の嵐を心の中に入れない生き方がある。気にしないからではなく、嵐はいつか勝手に止むことを知っているからだ。


「敬え」という二文字、いまだに私には難しい。

優しくされた人を敬うのは簡単だ。ひどくされた人を敬うのは、あらゆる本能に逆らうことだ。でも時々考える。わざわざ他人を貶める人の心の中は、どうなっているのだろう。内面に本当の安らぎがある人が、わざわざ他人を見下すだろうか。

たぶん、しない。

だから「敬え」というのは、相手が尊敬に値するという意味ではないのかもしれない。こういう意味なのかもしれない——あなたの怒りが見える、あなたの悪意が見える、でも同時に、あなたがそれらに縛られているのも見える。私が同意できないのは、あなたという人間ではなく、あなたの中で苦しんでいる部分に対してだ。

こう考えれば、「敬う」ことも少し可能になる。とはいえ、やっぱり容易ではない。


寒山の詩に、とても好きなものがある。

「星羅列して夜明深く、岩に孤灯 点じて 未だ沈まず。円満の光華 磨かずとも瑩らか、青天に掛かるは我が心」

「青天に掛かるは我が心」——彼は自分の心が月のように空に掛かっていると言う。磨かず削らず、自然のままに。

私にできるだろうか。たいていの日、その状態からは遠いと感じる。癇癪は起きるし、無念になれば言い訳がしたくなる。でもたまに——早朝にお茶を淹れている時、指先で数珠を転がしている時、窓の外に月を見つけた時——本当に心に何もない時がある。空虚なのではない。満ちている。静かに満ちている。

寒山と拾得は、たぶんこういう静けさの中に生きていたのだ。感じないから静かなのではなく、すべてを感じて、それから手放したから静かなのだ。

あの対話は短い。四十字にも満たない。でも長年読み返してきて、いつも拾得がもう一言足りない気がする。

七つの「引く」は、すべて「数年待て」に向かっている。でも本当の要点は、数年後に相手がどうなるかではないと思う。数年後には、もう相手のことなど気にしなくなる、ということなのだ。

それが本当の「引く」なのだ。

誰かのために引くのではない。自分の安らぎのために引くのだ。


自分へ、そしてあなたへ、三つの問いを残しておく。

誤解されたとき、手放せないのは、その誤解そのものか、それとも「なぜあんな扱いをされるのか」という思いか。

「一歩引く」ことが勝つためではなく、ただそこにあるのだとしたら、試してみたいと思うか。

「数年後」、今日怒ったことをまだ覚えていると思うか。

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