
仏教ノート
誰に出会っても手を合わせる人
『法華経』に、神通力も弁才もない比丘がいた。出会う人すべてに手を合わせ、「私はあなた方を軽んじない。あなた方は皆、仏になるだろう」と言い続けた。罵られても、叩かれても、叫び続けた。この物語は、私に気づかせた——人を見下す心こそが、一番気づきにくいのだと。
2026/5/279分
思いついたことを書いています。ある時は読んだ話、ある時は数珠を手にして浮かんだこと。

『法華経』に、神通力も弁才もない比丘がいた。出会う人すべてに手を合わせ、「私はあなた方を軽んじない。あなた方は皆、仏になるだろう」と言い続けた。罵られても、叩かれても、叫び続けた。この物語は、私に気づかせた——人を見下す心こそが、一番気づきにくいのだと。

最近『法華経』を読んでいて、「化城喩品」に出会い、本を置いて窓辺に長いこと座っていました。物語が特別にすごかったからではありません。ふと、これは私のことかもしれないと思ったからです。

今日『法華経』の中の一つの物語を読んで、読み終わった後、しばらくぼんやりしていた。

法華経の窮子喩は、迷子になった子が五十年間さまよい、父親がずっと待っていたことを知らない物語です。この物語を読んで、あの貧しい息子は私自身だと気づきました。

法華経で最も有名な譬え——火宅の譬え。燃え盛る大邸宅、危険に気づかない子どもたち、善巧方便で彼らを救う長者。仏陀は二千五百年前のこの物語で、三界における私たちの迷いの本質と、解脱への道を明らかにしました。