蘇東坡と仏印:八風吹かずとも、一つの屁で川を渡る
蘇東坡は悟ったと思って「八風動かず」という偈を書いた。仏印は二文字で返した。「放屁。」彼はすぐに怒って川を渡った。この昔の物語は、まるで私のことのようだ。

蘇東坡と仏印:八風吹かずとも、一つの屁で川を渡る
今日、本をめくっていて、また蘇東坡と仏印のあの公案に出会った。思わず笑ってしまった。
物語が面白いからだけじゃない——確かに面白いんだけど——自分の姿がそこに見えたから。似すぎている。ちょっと恥ずかしいくらい。
悟ったと思った蘇軾
蘇東坡が瓜州で役人をしていた頃のことだ。彼には仏印というよき友がいた。金山寺の住職である。二人はよく手紙を交換していた。互いにからかったり、禅を語ったり、何も言わずにただ詩を送ったり。
ある日、蘇東坡は悟ったと思った。
「今日はいい天気だな」くらいの悟りじゃない。本当に分かったと思ったのだ。彼は偈を一首書き、丁寧に清書して、仏印のもとへ送った。
「稽首天中天、毫光大千を照らす。八風動かずも、端坐す紫金蓮。」
ざっくり言うと:仏陀に帰依します、その光は大千世界を照らす。世の八つの風——称・譏・毀・誉・利・衰・苦・楽——はもう私を揺るがせない。私は紫金の蓮華のように、端正に坐っている。
正直に言うと、いい偈だ。気迫もある。境地も出ている。「八風動かず」と言われると、なんだか揺るぎない感じがする。
蘇東坡自身も、なかなかいい出来だと思ったに違いない。少し得意だったかもしれない。
仏印が返した二文字
使いが金山寺に詩を届けた。仏印は広げて読み、ふふっと笑った。それから筆を取り、末後に二文字書き足した。
「放屁。」
そう。この二文字だけだ。
使いがその書き込みを持ち帰った。蘇東坡が広げて一目見て、顔色が変わった。
放屁? 私の偈を放屁だと?
考えれば考えるほど腹が立った。一所懸命に偈を書いたんだ。一文字一文字推敲して、心を込めて、これほど高い境地を表現したのに、返事は二文字? しかも罵倒か?
じっとしていられなくなった。すぐに船を仕立て、仏印に文句を言いに川を渡った。
「八風動かずも、一つの屁で川を渡る」
蘇東坡は怒り心頭で金山寺に着き、方丈室へ直行した。
扉が閉まっている。
押しても開かない。見下ろすと、扉に紙が一枚貼ってあった。仏印の筆跡でこう書かれている。
「八風吹かずとも、一屁川を渡る。」
蘇東坡は入り口に立ち尽くした。
そして——たぶん——笑った。
その八つの風とは何か
この物語を初めて読んだ時は、ただ面白いと思っただけだった。後で知ったことだが、「八風」というのは仏教の概念で、人の心を揺るがす八つのものを指す。
称——褒められること。 譏——嘲笑されること。 毀——誹謗されること。 誉——称賛されること。 利——得をすること。 衰——損をすること。 苦——苦しみに遭うこと。 楽——楽しみを味わうこと。
この八つが、輪のように人を取り囲む。好調な時は「泰然自若」だと思える。不調な時は「大丈夫」と自分に言い聞かせる。でも、本当に突かれた瞬間はどうだろう。
蘇東坡は「八風動かず」と言った。でも仏印が二文字書いただけで、彼は川を渡って文句を言いに来た。
二文字の「譏」で、彼を一条の川越しさせるのに十分だった。
私自身の「八風」の瞬間
この物語を読むたびに、自分の「紫金蓮に端坐」していた瞬間を思い出す。
瞑想が終わった後、心が静かで安定していると感じる時がある。すると家族が「今日はどうしてそんなにのろのろしてるの」と一言。途端に静かじゃなくなる。
いい本を読んで、「無常」がよく分かった気がする時がある。すると携帯が落ちて画面が割れて、三日間落ち込む。
納得のいく文章を書いた時がある。すると誰かが「長すぎる」と言って、自信が揺らぐ。
どれも大したことじゃない。でも、一つ教えてくれることがある。「安定」と呼んでいるものは、多くの場合、本当の風が来ていないだけだということ。
風が吹かなければ、誰でも座っていられる。風が来て初めて、自分が蓮華なのか葦なのかが分かる。
仏印は彼を罵っていたわけじゃない
後になって思うのだが、仏印が「放屁」と書いたのは、蘇東坡を侮辱していたわけじゃない。
本当に試していたのだ。最も粗野で、最も無礼な方法で、蘇東坡の「八風動かず」が本当の境地なのか、それとも頭の中の想像なのかを確かめたのだ。
結果は明らかだった。
でも仏印は説教しなかった。道理を説かなかった。「八風についてよくある十の誤解」みたいな文章も書かなかった。ただ二文字書いて、紙を一枚扉に貼っただけ。
そして蘇東坡は自分で悟った。
禅が最もすごいと思うのはここだ。答えはくれない。鏡を差し出すだけ。そこに自分の姿が映ったなら、それがそのまま教えになる。
二人の友情
蘇東坡と仏印の友情そのものも、語る価値がある。
一人は官僚、もう一人は寺の住職。一人は天下に歌われる詞を書き、もう一人は「仏印」と呼ばれるほど禅を極めた。二十歳以上年が離れていて、立場は全く違う。
でも二人の間には、とてもリラックスした空気があった。
蘇東坡が仏印に手紙を書く時、皇帝や同僚に書くような慎重な言葉選びはしなかった。仏印が蘇東坡に返事をする時、信者に法を説くような構えも見せなかった。ただの二人の友人——一者が「悟った」と言い、もう一方が「放屁」と返す。
そういう関係は珍しい。
恥をかいても怒られず、褒め殺しにもされない。何か愚かなことを言えば、すぐに指摘してくれる。でも腹は立たない。何か気づきがあれば、真剣に聞いてくれて、でもまだ足りないところも教えてくれる。
そういう友人——あるいは、そういう関係——が、修行には必要だと思う。「修行」という言葉が大きすぎなければの話だけど。
入り口に立ったあの瞬間
蘇東坡が金山寺の方丈室の入り口に立ったあの瞬間を、私はいつも想像する。
瓜州を出た時、心の中には「よくもそんなことが言えたな」という怒りがあった。でも紙を見た瞬間——「八風吹かずとも、一屁川を渡る」——その怒りは一瞬で消えたはずだ。
仏印の言葉に筋が通っているから(確かに通っている)、ではなくて、自分の姿が見えたからだ。
あの偈は嘘じゃなかった。書いた時は本気だった。でも「本気」と「できている」の間には、長江ほどの距離がある。
仏印はただ、その川を見せてくれただけだ。
その後
蘇東坡はその後、「八風動かず」のような詩を二度と書かなかった。
でも彼はこう書いた。「回首すれば向来蕭瑟の処、帰去すれば、亦風雨無く亦晴無し。」あの詞の方が、あの偈よりずっといい。それは「動じない」と宣言しているのではなくて、あらゆる嵐を経験した後に、振り返って言う言葉だから。「なんてことないな」と。
「紫金蓮に端坐」から「亦風雨無く亦晴無し」まで、その間には半生が横たわっている。黄州への左遷。嶺南への流罪。大切な人を失うこと。数え切れない苦しみと楽しみ。
八つの風を、すべて生きた。蓮華の上にじっとしていたのではなく、あちこちに吹き飛ばされて、それでも立ち上がって「なんてことないな」と言えた。
それが本当の「八風動かず」なんだと思う。
あなたへの三つの問い
-
最近、「泰然自若」だと思った瞬間はありましたか? それは本当の安定でしたか、それともまだ風が来ていないだけでしたか?
-
もし誰かがあなたの最高の作品に「放屁」と書いたら——あなたは川を渡りますか?
-
本当のことを言ってくれる「仏印」のような人が、あなたの周りにいますか?
ここまで書いて、窓の外から風が吹いてきた。窓を閉めて、また「八風動かず」と思っている。 ——如是


